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■目標を持つ [気力を充実する秘訣]





[グッド(上向き矢印)]人生における大きな目標を掲げよ
 人生における目標は、大きければ大きいほどいい。あまりにも現実離れした目標であってはならぬが、自分の能力以上と思われる大きなテーマを目標として、「やってみよう」と決断し、全力で取り組むことが、人生においては真に大切なことなのである。
 逆に、小さすぎる目標を設定した場合、それすら達成できなければ計り知れないほどのダメージを受け、立ち直るのに時間がかかる。
 大きな目標を掲げた場合は当然のことながら、自分の能力との食い違いを埋める努力を続けなくてはならないし、挫折感を味わうことにもなろう。だが、努力と挫折という二つを繰り返してこそ、人間の能力、才能というものは磨かれていくのであり、やがて有卦(うけ)に入る、すなわち幸運に巡り合うのである。
 その上、人間は目標を突破するたびに、自信がついてくるもの。目標を一つ越えるたびに、積極的で、たくましい、気力の達人に変身していくのだ。
 別の言葉でいえば、大きな目標に向かうということは、苦難の連続でもあるわけだが、苦難を突破するたびに信念がより強固になり、自分でも気付かなかった潜在能力が次々と開花し、文字通り奇跡をも起こすことが可能になってくるのである。
 胸に抱く夢の大きさが、その人の将来の大きさを決定する、といってもよい。
 つまり、有名大学への入学、一流会社への入社、ベンチャー企業の設立、弁護士などの資格の取得といった近い将来の目標を設定するとともに、十年後、二十年後を見据えた大きな目標、「人生においてかくありたい」という目標を掲げることが、大切になってくるのだ。
 同じ三千メートルの高さの山を見ても、A太は「大きな山だ」と感じて引き返し、B太は「とにかく登ってみよう」と挑戦する。いうまでもなく、大きな成果や成功をものにすることができるのは、後者のB太のような積極的思考の持ち主である。
 おそらく、現在、自分の置かれている状況や実力からして、「目の前に立ちふさがる障害を突破することは困難である」し、「どう考えても目標を達成するのはむずかしい」と思っている人も、世の中には多いことだろう。
 なぜ消極的思考に捕らわれ、成し遂げようとする気力を練り上げることなく、あっさりと失ってしまうのか。なぜ悲観的に考え、前に進もうとしないのか。
 私たちの目の前に立ちふさがる山や障害の多くは、自分の考え方一つで高くもなるし、低くもなるということについての、認識が浅いからである。積極的思考がいかに大きな力を与えるかということについて、理解が足りないせいである。
 「自分には大きな目標を達成することなど、無理に決まっている」と恐れていては、いい結果は生まれようがない。楽観的、かつ積極的に、「山は登れる。必ず成功する」と確信して取り組むところに、宇宙天地大自然の真善美楽・健幸愛和の法則が働き、創造的で無限の他力の供給を得て、事を成し得るのである。
 この点、成功者と呼ばれる人物は、気力にあふれる並外れた努力家であり、忍耐力、あるいは信念が強かった人たちである。
 一方、何をやっても成功しないという人物は、あまりにもあきらめが早く、「不可能」という言葉に慣れすぎているだけであるといえるだろう。
 ここで認識すべきは、目標を明確にしたら、次は「目標達成に一歩でも近付こう」と真剣な姿勢をとること、我慢強く努力すること、信念を持って行動すること、それが成功へのステップであるということだ。
 しかし、注意しなければならないことがある。確かに、成功するために努力や忍耐力、信念が必要であるが、反面それらのみで成功することはできないのである。
 真剣な姿勢、それは単なる意欲、努力、忍耐力といったものだけではないということだ。それどころか、意志がたとえ弱くても、自信を喪失している人でも、目標をかなえることは可能なのである。
 その成功の原動力は、「どうしても目標を達成させたい」という切羽詰まった気持ちである。「もう後には引けない」と、ぎりぎりまで追い込まれたことによって引き出されるものであり、そのエネルギーを活用した上で、情熱と気力を傾注し、持続することが、目標をかなえるカギなのである。
 それらがあれば、事を成し遂げることはできるし、多くの苦難に耐え、障害を打ち破っていくことが可能なのだ。
 まさに、一歩も引けない絶体絶命の立場にあえて身を置くという、土壇場における決意をした時、すなわち背水の陣を敷いた時、私たち人間は素晴らしいエネルギーを発揮するのである。
[グッド(上向き矢印)]積極的な祈りで願望を実現できる
 自分の描いている目標や夢を達成させるためには、背水の陣を敷いて事に当たるとともに、強く念願し、祈るという方法も有効である。
 「どんな困難があろうとも必ずやれる。やってやる」と、自分の潜在性の無意識、空意識に何かと祈り込み、刻み込んでおくと、時を得てその祈りが実現して現れるということが、実際に起こるのである。
 そもそも、人間の肉体に刻み込まれた記憶ほど、しぶとく、根の深いものはない。いい年をした男性の中にも、思い掛けず高所恐怖症だったり、水を怖がったり、稲妻に出合うと全身の血の気が引いて真っ青になったりする人がある。対面恐怖症の人や赤面恐怖症の人も、潜在性の無意識、空意識に刻み込まれた根深い記憶が、よみがえるのである。
 そういったマイナスの記憶が、肉体内の無意識層、空意識層に刻み込まれ得るならば、人間の願望を込めた積極的な祈りもまた、刻み込むことが可能なわけだ。
 刻み込むだけでなく、「そうありたい」と願うことが「そうなる」という願望の実現もある。
 心に念じた願望がかなうなどと述べても、にわかには信じがたい人もいることだろう。だが、観念という意識は、それだけでは抽象的で実体のない自己満足のようなものであるが、この観念の持ち方いかんでは、人間の一生を左右するほどの力を持っていることもあるのだ。
 毎日毎日、毎年毎年、同じ思いを心の中に持ち続けていると、文字通り身も心も、その思い通りになるものである。その思いを固く観念として維持していれば、観念は自然にその人の人相を形作り、その人の表情を操作し、その人の発する言葉の端々にまで反映されるものである。
 かくして、やがて観念の力が強まり意思の力を上回るようになってくると、徐々にその人の願望が宇宙天地大自然の心に強く刻み込まれていく。
 いったん宇宙の心に刻み込まれたものは、いかなる障害があろうとも、ついには現実のものとなるのである。奇跡に近いようなものであっても、実際に起こるのである。
 このように、人間が念願し、祈ることによって驚くべき力が備わる。一見、無力で抽象的なもののように思われるが、念ずることによって、人間を成功に導く力が流れ込んでくるのである。
 なぜなら、宇宙天地大自然には人間の念願、選択など、人の心の中に描かれたものを受け取り、それを現象の世界に造形する原理があるからである。宇宙の心には、無限の力が潜んでいるのである。
 無限の力を引き出すのも、引き出さないのも自分次第であり、「必ず実現させる」、「きっと夢をかなえる」と念願し、祈り、宇宙の心に強く刻みつければ、いつしか現実のものとなるのである。
 もちろん、小さな願望や夢であればすぐにでもかなえられるが、大きな願望や夢が実現するには、かなりの時間が必要。夢の大小によって、実現する時間の違いはある。
 いずれにせよ、もし宇宙の心のエネルギーが自分のもとにやってこないというのなら、あなたの念願が足りないか、念願の仕方が間違っているかのどちらかだ。
 正しい念願、祈りの仕方について述べれば、一回一分間、少なくとも朝と夜の二回、できれば四、五回、心と体をリラックスさせて、宇宙の心に届くように願望や夢の実現を想念することである。
 これを瞑想(めいそう)と置き換えてもいいが、「ぜひともやってみせる」、「必ず実現させる」と念ずるのである。
 その際、目標達成を図形化してイメージしたり、睡眠の直前に実行すればより効果は大きくなり、実現の時期も早まる。また、瞑想するだけでなく、言葉に出して確認することも大切。
 例えば、「人前でもっと上手にしゃべりたい」とか、「記憶力や創造力をもっと身に着けたい」、「美しくなりたい」、「健康な肉体を作り出したい」といったことなど、自分に切実で他人にいいにくいような願望も、朝の寝床での半意識状態、夜の眠りに入ろうとする直前などを中心に、どんどん記憶させて、よいことばかりを願って暮らせばよい。不思議と願いがかなうのである。
[グッド(上向き矢印)]想像が創造につながる宇宙原理
 重要なのは、積極的な心構えを培い、想念するということである。「できないのではないか」、「私には到底無理だ」というような消極的、否定的な考えを、一切排除することである。
 消極的な考えを捨て、「できる」、「やってやる」と積極的に想念し、宇宙の心によい情報だけを送ることが、願望達成や成功を実現する方法なのである。
 反対に、「自分は駄目だ」、「どうせできやしない」、「病気に負けるのではないか」と失敗を恐れたり、成し遂げようとする気力を失ったり、前途を悲観ばかりしていれば、マイナスの情報も潜在性意識に刻み込まれ、やがて現実の世界に具現化されてしまうことになりかねない。
 極端なことをいうなら、「私は貧乏だ」、「僕は不幸だ」と口に出す人は、貧乏から抜け出せないし、不幸にもなる。ホラ吹きといわれても「私は金持ちになる」、「幸せになる」と公言し、心の中で思いを強くし、それを潜在性意識に刻み続ける人は、金持ちになり、幸福者にもなる。
 心や精神の有り様がいかに大切か、成功するためには積極的な心構えや、気力の持続が必要であると、前述したのもそこに理由がある。
 つまり、宇宙天地大自然の見えざる真善美楽・健幸愛和の法則からすれば、誰にでも洋々たる未来があり、限りない能力が備わっているにもかかわらず、素晴らしい前途を切り開くことを妨げているのは、ほかならぬ自分自身の心の中に原因があるということになる。消極性や恐怖心、弱点やコンプレックスなどを克服し、自己に対する自信を身に着けなければ、成功はあり得ないということである。
 念願、祈り、想念というのは「どうしても願いをかなえたい」という真剣な気持ちと、「絶対にかなえられる」という信念、すなわち、積極的な心構えや気力、精神の張りに満ち、実行する人間において、最大の効果が発揮される。
 一般に、「運がよくない」とこぼしている人間は、潜在性意識の底に焼きつくほどの強力な、統一された願望や希望がないものである。
 一方、「これが自分の第一の人生目標である」と断言できるほどの人間は、その目標は半ば成就されたといっても過言ではない。
 まだ現象世界では実現されていなくても、目に見えない世界においては、着々として実現のための作業が進められているからである。その作業は宇宙の力がやっているのである。
 人間という存在は真なる力を活用して、生命を奮い立たせるような願望を持ち続ければ、自分を思うような人間に改造することができる。
 「人間の理想はこうあるべきだ」と心の中で考えた時、すでにその人は神性を発揮したといえる。想像は積極的、肯定的な一種の自己暗示法であり、想像はそのまま創造につながるのだ。ここに人間の偉大性があることを、誰もが知らなくてはならない。




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